東京地方裁判所 昭和49年(ワ)8606号 判決 1976年8月23日
原告 甲野花子
右法定代理人親権者父 甲野一郎
同母 甲野春子
右訴訟代理人弁護士 西垣道夫
被告 ヒノデ株式会社
右代表者代表取締役 長谷川實
右訴訟代理人弁護士 中垣内映子
主文
一 被告は原告に対し二〇七万一八九九円および内金一八七万一八九九円に対する昭和四九年一〇月一九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決第一項は、仮りに執行することができる。
事実
第一当事者双方の求めた裁判
一 原告
(一) 被告は原告に対し金七七二万〇二〇一円および内金七二二万〇二〇一円に対する昭和四九年一〇月一九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行の宣言
二 被告
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
(一) 日時 昭和四七年三月二九日午後〇時四〇分頃
(二) 場所 横浜市旭区白根町ひかりが丘団地内道路上
(三) 加害車 営業用普通乗用自動車(横浜五五あ八二七)
右運転者 訴外飯島壮
(四) 被害者 原告
(五) 態様 前記場所でタクシーより降車し、道路を横断中の原告の右足部を中山駅方面に向って進行中の加害車が轢過したため、原告は路上に転倒し頭部および顔面部を強打した。
二 事故の結果
原告は右事故により頭部外傷、右足背挫傷等の傷害を受け、昭和四九年三月一九日までに三一日間の通院加療を受けたが治癒せず、今後も投薬の継続を要する外傷性てんかんの後遺障害(自賠法施行令別表後遺障害等級表九級に該当)を残して同日症状が固定した。
三 責任原因
加害車は横浜日之出自動車株式会社が所有し、これを同会社の運行の用に供していたから、同会社は自賠法三条に基き本件事故によって原告が受けた損害を賠償する義務を負担していたものであるところ、被告は昭和四八年四月四日右会社を吸収合併し、右会社の権利義務を包括的に承継した。
四 損害
前記受傷により原告は次のとおりの損害を蒙った。
(一) 治療費 一三万九七三五円
(二) 通院交通費 一万五七七〇円
(三) 文書料 五〇〇〇円
(四) 後遺障害による逸失利益 五九七万二四三一円
前記のとおり原告の後遺障害は後遺障害等級表九級に該当し労働能力を三五パーセント喪失したことになるから、昭和四八年度全産業全年令女子労働者の平均賃金年額八七万一八〇〇円を基礎に稼働可能期間を一八才から六七才までとし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して原告の後遺障害による逸失利益の現価を計算すると五九七万二四三一円となる。
(五) 慰藉料 二六〇万円
(六) 弁護士費用 五〇万円
五 損害の填補
原告は自賠責保険から一四五万六五〇五円を受領した。
六 結論
よって、原告は被告に対し前記四の損害額合計九二三万二九三六円から五の填補額を控除した残額七七七万六四三一円の内金七七二万〇二〇一円および右金員から前記弁護士費用を除く七二二万〇二〇一円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年一〇月一九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
《以下事実省略》
理由
一 事故の発生
請求原因第一項の事実は事故の態様中の原告と加害車の接触状況および原告が頭部を強打したかどうかの点を除いて当事者間に争いがない。
そして、《証拠省略》を総合すると、本件事故現場はひかりが丘団地内の両側に歩道のある幅員五・七メートルの舗装道路で、加害車の運転者である飯島壮は右団地内で乗客を降した後、時速三〇ないし四〇キロメートルの速度で本件事故現場附近にさしかかった際進路前方右側の対向車線上にタクシーが停車しているのに気がついたが、降車客の有無、動静等について特に注意することもなくそのままの速度で右タクシーの側方を通り過ぎようとしたところ、右タクシーの後方から原告が道路左側に向ってかけだしたのを自車の前方四メートル余りのところに発見しあわてて急ブレーキをかけたが間に合わず、原告に加害車右側面附近を接触させ、加害車は接触後六ないし七メートル程進行して停止したこと、しかし、事故後加害車には凹損等の衝突痕は見当らなかったことが認められ、右事実に時速三〇キロメートルで急ブレーキをかけた場合の空走距離は通常六メートル位であるとされていることと後記認定の原告の傷害の部位・程度(特に、原告の右足背部の傷は右接触と同時に加害車に轢過されてできたと考えるのが両者の位置関係からみて合理的であるところ、制動中に轢過された場合は挫滅等の重大な傷害となるはずであるが、比較的軽い挫創ですんでいること。)を併せ考えると、原告はいまだ制動効果が生じておらず従前の速度のまま進行している状態の加害車の右側面に接触し、その衝撃で路上に転倒し頭部を打撲したものと推認される。
二 原告の受傷内容、治療経過および後遺症
《証拠省略》を総合すると、原告は事故直後は右足の痛みのみを訴えていたので、事故直後に受診した一色外科胃腸科医院では右足背部挫傷と診断され同部位の治療を受けただけであったが、同医院から帰った後原告の頭部に小さな出血のあとがあるのに原告の母が気づいて翌日受診のため原告を関東労災病院に連れて行ったけれども同日は脳外科の外来診療日でなかったため受診することができず、翌三月三一日再度通院して診察を受けたところ、エックス線検査上は頭蓋骨に異常は認められなかったが、左前頭部に小さな裂傷と挫傷および擦過傷が認められ、同年四月一九日に同病院で実施した脳波検査によると軽眠時に一四ないし一六サイクルの陽性棘波が認められたので、昭和五〇年一〇月三一日までの間に四九日間同病院に通院して抗痙れん剤の服用を続けているが、昭和四八年一〇月一七日、昭和四九年三月一五日および昭和五〇年八月二二日に実施された脳波検査においても陽性棘波および棘徐波等の異常脳波が認められ、今後も長期間にわたって定期的に脳波検査を受けるとともに抗痙れん剤の服用を続ける必要があることが認められる。
なお、《証拠省略》によると、原告は本件事故後の昭和四八年二月一四日学校のすべり台から落ちて頭部を打撲し関東労災病院に入院したことが認められるが、原告の異常脳波は前認定のとおり昭和四七年四月一九日には既に現れており、また、《証拠省略》によると原告の右入院は経過観察のためだけのもので、翌一五日は異常なしとされて退院していることが認められるので、原告の異常脳波に対し右打撲が何らかの影響を与えているのではないかという疑問は否定し得ないにしても、原告の異常脳波と本件事故との因果関係を肯定する妨げとはならず、他に前示認定に反する証拠はない。
三 責任原因
請求原因第三項の事実は当事者間に争いがない。
四 損害
(一) 治療費 一三万九七三五円
《証拠省略》によって認める。
(二) 通院交通費 一万五七七〇円
《証拠省略》によると、本件事故のため右額を下らない交通費の支出を余儀なくされたものと認められる。
(三) 文書料 五〇〇〇円
《証拠省略》によって認める。
(四) 後遺障害による逸失利益
本件受傷後三年以上を経過してなお原告に脳波異常が認められることは前認定のとおりであるが、《証拠省略》によると、原告は右異常脳波にもかかわらず現在まで抗痙れん剤の服用によりてんかん発作は完全に押えられており、これまでの原告の病状の経過からすると将来のてんかん発作の可能性を全く否定することはできないにしても、その可能性は少く、かえって、原告のような幼児(事故当時七才)の場合数年内に異常脳波は消失し抗痙れん剤の服用を中止し得る若干の可能性もあること、また、異常脳波があっても抗痙れん剤の服用によっててんかん発作を押えることができれば通常人と同様の社会生活が可能であり、職業選択についても念のために高所作業等の危険作業は避けるのが好ましいという程度で、普通作業については何ら制約は受けないこと、および、原告は事故後特に性格が変ったようなことはなく、学校の成績等についても原告の姉と比べて特に劣っているような点は見受けられないことが認められ、右事実に原告のような児童の場合後遺障害が存在してもこれに適応する教育および職業選択の可能性が大である点を併せ考えると、前示異常脳波が原告の将来の稼働能力に影響をおよぼす蓋然性が高いとは認め難い。
したがって、後遺障害による逸失利益は認め得ない。
(五) 慰藉料 四〇〇万円
前認定の原告の受傷内容、治療経過、後遺障害、ことに原告は今後長期間、場合によっては数十年の長きにわたって抗痙れん剤の服用を続ける必要があり、可能性は少いとはいえ将来てんかん発作を起すのではないかとの恐怖におびえながら生きていかなければならないこと、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、原告に対する慰藉料としては四〇〇万円をもって相当と認める(なお、慰藉料については、認容額の総額が請求額をこえない限り原告の主張額に拘束されないと解する。)。
五 過失相殺
前記一において認定した事実によれば、本件事故発生については原告にも停車中の自動車の直後から左右の安全を確認することなく横断した過失が認められるが、停車中のタクシーからの降車客の横断が予想されるのにこれに注意することなく従前の速度のまま右タクシーの側方を通過しようとした加害車運転者の過失、原告の年令等の事情を考慮すると過失相殺として前記損害額から二割を減じ、被告の負担すべき損害額を三三二万八四〇四円とするのが相当である。
六 損害の填補
原告が自賠責保険から一四五万六五〇五円を受領したことは当事者間に争いがない。
七 弁護士費用
本件事案の性質、審理の経過、認容額に照らすと、本件事故による損害として被告に対し賠償を求め得る弁護士費用の額は二〇万円と認めるのが相当である。
八 結論
よって、原告の本訴請求は被告らに対し二〇七万一八九九円および右金員から弁護士費用を控除した残額一八七万一八九九円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年一〇月一九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 笠井昇)